こんにちは、パラーツの鈴木です。
前回の記事では、現代の建築プロジェクトマネジメント(PM)における「光と影」を整理し、明治以来100数十年続いてきた「建築構法学」の歩みから、人と技術を結びつける「安堵のインフラ」という志をお伝えいたしました。
今回はその「構造やインフラ」の視点から一歩深め、「人間が直接触れ、佇む空間の質感や身体性」に焦点を当てます。
20世紀の建築界を席巻した近代合理主義(モダニズム)の波の中で、安易な効率化や図面上の論理だけに流されず、使う人の身体感と職人の「手わざ」を最優先し続けた建築家・村野藤吾(むらの とうご)先生の眼差し。そこから、現代のプロジェクトや組織経営において失われがちな「手触り感」を取り戻すヒントを紐解いていきます。(パラーツ×Gemini)
まえがき
効率化、規格化、マニュアル化など。現代のあらゆるビジネスやマネジメント現場において、合理性を追求することは当然の美徳とされています。
しかし、効率や数字だけを突き詰めた結果、私たちが手にする空間や組織はどうなっているでしょうか。
「綺麗で不備はないけれど、とにかく冷たく、血が通っていない」「図面や仕様書通りにはできているが、使っていて愛着が沸かない」というような感覚を抱いたことはないでしょうか。
こうした違和感の正体は、効率化の過程で「人間の身体感覚」や「現場の手触り感」が削ぎ落とされてしまったことによるものです。
建築家・村野藤吾先生は、まさにこの「合理主義がもたらす冷たさ」に対し、建築のディテールと職人の手わざをもって優しく抗い続けられた日本建築界の巨匠でした。
近代合理主義への疑問|図面上の論理よりも「使う人の佇まい」
20世紀半ば、世界の建築界は「国際様式(インターナショナル・スタイル)」と呼ばれるモダニズム建築の全盛期を迎えました。直線とガラスとコンクリートによって構成される均一な空間は、工業化社会の象徴であり、コストの効率の最適解とされたのです。
しかし、村野藤吾先生は、そのような直線的で硬質なモダニズムの論理に対して、静かな疑問を投げかけました。
「建築が、図面の上で正しければ良いというものではない。そこに立つ人間がどう感じ、どう佇むかがすべてである。」
村野藤吾先生にとって建築とは、上空から見下ろす幾何学的な「彫刻」ではなく、人間が身にまとう「衣服」のような存在でした。
●視覚の正しさから、触覚・体験の優しさへ
どれほど図面上で美しいグリッド(格子)が描かれていても、人間が階段の手すりを握ったときの触感。歩いたときの足裏の感触、壁が光を柔らかく抱きとめる陰影が不快であれば、それは「人間のための空間」とは言えません。
現代の管理(PM)に置き換えるならば、「数値やフレームワークの完璧さ」だけに満足せず、「現場で働く人間がどのような心地で日々を過ごしているか(シラス的視点)」を何より大切にする姿勢です。
図面を超えた「現場の即興性」と職人の手わざ
村野藤吾先生の設計技法で最も象徴的なのが、「図面を絶対視しない」という徹底した現場主義です。
通常の近代建築では、机上で引いた詳細図(ディテール図面)通りに施工することを職人に求めます。しかし村野藤吾先生は、現場に原寸大の模型や型紙(原寸型板)を持ち込み、現場の職人たちと共に自らの手で触れ、光の当たり具合を確かめながら、その場で寸法や曲線を調整(即興)しました。
●職人を「機械の作業員」にしない(シラス的人組み)
村野藤吾先生は職人たちを単なる手足として指示に従わせるのではなく、彼らが長年培ってきた「手わざ(熟練のカンや素材への理解)を深く信頼し、その技術が最大限に活かせるような「余白」を設計の中に残しました。
現場の職人が「自分たちの手技がこの建築をつくっているんだ」という手応えと誇りを持つこと、これこそが、機械生産では絶対に再現できない、生命感の宿る空間を生み出す源泉だったのです。
身体性に宿る「優しさのディテール」
村野藤吾先生の建築を訪れると、誰もがその「理由のない心地よさ」に包まれます。その秘密は、計算し尽くされた身体性のディテール(細部)にあります。
●手すりのカーブと質感
階段の手すりは、握った瞬間に手のひら全体へ吸い付くように滑らかに削られています。上り始めと下り終わりで、人の手の勤きに合わせて微妙に太さや角度が変えられているのです。
●穏やかな階段の傾斜
着物を着た女性や高齢者でも、踏み外しにくく息が切れないよう、踏面(ふみづら)と蹴上げ(けあげ)の寸法が人間の身体動作に合わせて優しく調整されています。
●光を和らげる陰影
ツルツルした滑らかな面ばかりではなく、あえて壁に微細な凹凸(しっくいとスタッコのコテ跡)を残すことで、強い直射光を和らげ、陰影に富んだ暖かい空気感を醸し出しています。
これらのディテールは、単なる「飾り(装飾)」ではありません。そこに集う人間に対する、どこまでも深く温かい「至誠(配慮)」の現れなのです。
考察:現代のプロジェクト・ワークプレイス経営への応用
1.効率(デジタル)と「手触り感(身体性)」の同居
管理ツールやAIを駆使して業務の効率化を図ることは不可欠です。しかし、プロジェクトの要所においては、関係者が直接顔を合わせ、プロトタイプ(模型)を手で触りながら対話する「現場の手触り感」を意図的に残す必要があります。
2.メンバーに「職人としての誇り」を手渡す
マニュアル通りにタスクをこなさせるだけの管理(ウシハク)から脱却し、「あなたの専門智や感覚(手触り)があるからこそ、このプロジェクトは成功する」という信頼(シラス)を伝えること。それが現場に自発的な士気を取り戻します。
3.「使う人の心地よさ」を最終判断基準にする
システムや仕組みを構築する際、「管理側の都合や論理」だけで判断するのではなく、「実際にそれを使う人間が、安心と安堵(心地よさ)を感じられる」を真の成果指標(KPI)に置くことです。
結び
効率と論理を追求する「構法の系譜(インフラ)」と、使う人の身体と心に寄り添う「村野藤吾先生の手触り(ディテール)」。
この二つは決して対立するものではありません。社会の骨組みとしての「構造」をしっかりと打ち立てた上で、その表面に血の通った「優しさ」を纏わせる。これこそが、分断された現代の現場を繋ぎ直す「至誠のマネジメント」の完成形です。
次回の【至誠のマネジメント10】では、思想論の各論として、より深く紐解いていこうと思っています。日本人の精神性と「至誠」の基盤と外的刺激を正しく受け止める生き方についてです。足元の一隅を照らす倫理観を持った内村鑑三の思想を紐解きます。
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パラーツ計画技術研究所 知の構法構築家 鈴木邦彦
