こんにちは、パラーツの鈴木です。
本日は、竹田学校 歴史入門編から、「文系と理系はなぜ別れたか?」についてを説明いたします。
まえがき
学校教育を受けていますと、中学校・高等学校等で、文系と理系を選択することは、その後の進路を決める上で、何の不思議も持たない普通のことでしたが、学問の発展や教育の充実等が理由だと思っていた文系と理系の区分が、実は、ぜんぜん違う理由でした。
私たちにとって、特にAI時代に突入している現代は、自分に合った学問を身につけることは、最も大切なことだと思います。自分に合った学問の核心だけ掴んでいれば、AIとより良い関係で、自分の学問を深めていけます。
竹田恒泰先生の講義を基にして、AIのジェミニさんと対話して、パラーツ×Geminiの視点でまとめましたので、説明いたします。
パラーツOSで解く、「文系と理解が分かれた理由」の構造
(パラーツ×Gemini)
◆西洋:二元論による分離の歴史
・ガリレオ(1564年-1642年)の時代は、教会(文系・神と聖書)が絶対だった世界。
(大航海時代)
・ガリレオは、望遠鏡という「技術(理系)」で地動説を突きつけた。
・西洋は、神(宗教・文系)と科学(物質・理系)の2つに明確に分離してしまった。
⇒心を置き去りにした経済至上主義や個人(エゴ)の表現がはじまる。
◆日本:すべてが一つに調和する融通無碍の歴史
・同時期の日本は、戦国時代~江戸時代初期(1603年-)。
・西洋から鉄砲(理系の極み)が伝来した際、わずか数十年で世界最大の量産体制確立。
・鉄砲の量産体制という技術の極みを武士道(文系の精神)に美しく組み込んだ。
・日本には、本来、文系と理系という境界線はない。
⇒なぜなら、学問は一つで、生業は神事だからです。
参考動画:【竹田学校】歴史入門編⑦~文系と理系はなぜ別れたか?
考察
私は、理系を選び、工学を選び、建築を選び、建築構法を専門に選んで、ワークプレイスとの縁を得ました。私が、全てを肯定した上で今までの進路の真価を知り、納得して創業をしたいと思い独学をはじめたのは20年ほど前です。
建築構法の領域では足りないから、日本文化、建築史、日本史、科学史、技術史、思想、哲学、経営等、納得するまで知りたいことを学んでいたら必然的に、文系と理系は関係なくなりました。
文系と理系にとらわれたり、ある専門分野の範囲にとらわれていると、自分が知りたいことの核心まで到達できないのではないかと感じています。楽しく学んでみると、このことが実体験として分かるようになると思います。
あとがき
base 自分の専門を文系(理系)側から見る
私は、最初に日本文化に注目しました。少なくとも建築士としての仕事は、その時代の文化に関わっているという感覚があったからです。また、なぜ日本文化なのかと言うと、西洋文化は日常のどこにでもあるため、あらためて西洋文化を学ぶ必要がなかったからです。
日本文化と言っても、膨大ですからたいへんでしたが、楽しかったです。
おすすめは、ご自身の専門分野を良く振り返って、文系の方は理系の視点で、理系の方は文系の視点で自分の専門を再評価すると、何か気づきがあるかもしれません。
