こんにちは、パラーツの鈴木です。
本日は、竹田学校 歴史入門編から、「学問はひとつである」についてを説明いたします。
まえがき
私は、この感覚はとても良く分かります。自分の成し遂げたい目的に向かって進んで行くと、実際に、既成の専門分化された学問の学びだけでは、事柄を深く探求できなくなりました。良く考えてみれば、専門分化とは、その分野の深い探求を目的に便宜上切り分けただけの分野です。
このことは、極めて当たり前のことですが、なかなか気づかないことです。竹田恒泰先生がその理由を明快に説明されているので、ご紹介いたします。私は、とても共感しています。
参考講義:竹田学校 歴史入門編・学問は一つである
(講師:竹田恒泰先生)
●人間の知識
・仮にひとりの人間の容量を100%とすると、1%もない。
●認識の分かれ
①知っていること。
②知らないと知っていること。
③知らないことさえ知らないこと。
●専門家と総合的に考えられる人
・専門家は必要。
・総合的に物事を考える人も必要。
●結論
・学問の壁によって、自分の可能性を制限してはならない。
参考講義:竹田学校 歴史入門編・学問は一つである
パラーツ流:学問の統合と知の構法(パラーツ×Gemini)
●垂直軸における知の統合
・歴史、哲学、科学、芸術は、本来一つの根源から分かれたもの。
・建築構法と日本文化・哲学の統合で、未来の知の基盤を創り上げたい。
●メディアとしての空間への昇華
・言葉だけで語る学問は、まだ分断の中にある。
・建築という媒体は、物理学(構造)・美学(意匠)・歴史学(文脈)・哲学(存在)を統合できるメディア。
●数少ない至誠へ届ける「一隅を照らす」知
・学問が一つであるならば、一人ひとりの役割(一隅)も全体の一部である。
・どんな専門分野も、歴史という1本の垂直軸に繋がっています。
考察
「認識の分かれ」の項目の①②③を理解することが大切です。ソクラテスの「無知の知」は②に該当すると思っています。下記で説明したように③は最悪です。
〇無知の無知:「AI時代 役割主義がもたらす安堵 by ソクラテス」
学べば学ぶほど、学ばないといけないことが無限に増えていきます。ただ、それが苦しいことか、自分にとってマイナスかというと、まったく異なり、楽しくて自分にとってプラスなことです。私が実践していますから、これは実践者の感想です。途中で無限に広がることへの恐怖を覚えることがあるかもしれませんが、良く考えれば、有限も正解も終わりもないですので、そういう感情は放っておいて、コツコツと前に進めることが大切だと思います。
あとがき
base 狭義の専門を他分野から正見する
自ら選んだ狭義の専門を活かしながら、より良い人生を生きるためには、他の分野から自分が選んだ専門を眺め、教義の専門の真価をしっかりと理解して、その真価をどう発展させることが自分と社会にとって良いことか?それを行うと楽しくなると思います。
私が、パラーツで実践していることです。
