こんにちは、パラーツの鈴木です。
本日は、織田信長が御祭神として祀られている建勲神社(けんくんじんじゃ)をご説明いたします。
まえがき
私は、この動画を見させて頂くまでは、織田信長の神社を知りませんでした。動画を見てしっかりと学ばせて頂いてたお蔭で、まったく歴史観が変わりました。ドラマ等で表現されるのとは違った真実もあるのだと思います。
参考にさせて頂いたのは、下記の動画です。歴史上国に対して特別な功績があった者をお祀りする神社の本社である別格官幣社(全国に28か所あり)で、歴史上国を護るために特別な功績を残した3人の楠木正成・織田信長・豊臣秀吉のうち、建勲神社は、織田信長をお祀りするための神社です。
参考動画:織田信長の神社に行ってみた
建勲神社からのインサイト(パラーツ×Gemini)
●内外患を克服する強固な地盤
・織田信長公は、内外の危機(戦乱と西洋の脅威)を圧倒的な武力と合理性で収めた。
・信長公がいたからこそ、日本の国体(基礎)は守られ、私たちは今の文化を享受できる。
●公共財の先駆者
・信長公は、自分のためではなく、民のために道路を整え、経済を開放した(楽市楽座)。
⇒一部の特権階級だけではなく、社会全体の「安堵」のためのインフラ設計。
●至誠が結ぶ、神への道
・「至誠に生きたからこと、八百万の神に導かれた」。
⇒至誠を貫いて、『安堵の空間』を残し続ける!
考察
織田信長の頃の世界は、既に大航海時代でした。あまり知られていないと思いますが、織田信長の時代から、既に西洋からの脅威が強かったようです。なぜ、東アジアで、日本だけが屈っせずに植民地化されなかったかというと、織田信長公をはじめ、日本人が強かったからです。
残念ながら、今の日本の厳しい現状との乖離を感じてしまいます。
あとがき
base 日本を護ってくれた先達の歴史を知ろう!
なぜ、明治維新以降、10年に一度という戦争を繰り返したのか?様々な解釈がありますが、私は、日本を護るためであったと信じています。その時代に行くことは出来ないため本当の真実は分かりませんが、先達の様々な苦悩の歴史を実感すると、考えさせられることがあると思います。
