こんにちは、パラーツの鈴木です。本日は、学問のすゝめで提唱されている行動のために学問について説明いたします。
まえがき
江戸時代は寺子屋制度があり、日本は識字率も高かったと言われていますが、学問のすゝめが書かれた明治時代の初頭の日本には、まだまだ学力が足りずにたいへんであったのかもしれません。この行動のために学問が急務は、学問を学び恐れずに行動すること、そして、恐れずに行動するためにしっかりとした準備をしなさいという示唆だと解釈しています。
では、現代はどうでしょうか?私は戦後生まれで戦後教育を受けて育ってきた訳ですが、若い頃は何も違和感がなかった私ですが、インターネットが発達しオールドメディアではないYouTube等のニューメディア等で、教科書等で習ったことをは違う見解や解釈に触れて、何が本当に正しいかは分かりませんが、様々な違和感を感じながら内容を深く理解したことは事実です。
まずは、学問のすゝめの原文と現代語訳から説明いたします。
学問のすゝめ 行動のために学問が急務 原文と現代語訳
●原文(福澤諭吉著:学問のすすめより)
前文に言えるとおり、人の一身も一国も、天の道理に基づいて不羈(ふき)自由なるものなれば、もしこの一国の自由を妨げんとする者あらば世界万国を敵とするも恐るるに足らず、この一身の自由を妨げんとする者あらば政府の官史も憚(はばか)るも足らず。ましてこのごろは四民平等の基本も立ちしことなれば、いずれも安心いたし、ただ天理に従い存分に事となすべしとは申しながら、およそ人たる者はそれぞれの身分あれば、またその身分に従い相応の才徳なかるべからず。身に才徳を備えんとするには物事の理をしらざるべからず。物事の理を知らんとするには字を学ばざるべからず。これはすなわち学問の急務なるわけなり。
昨今の有様を見るに、農工商の三民は、その身分以前に百倍し、やがて士族と肩を並ぶるの勢に至り、今日にても三民のうちに人物あれば政府の上に採用せらるべき道すでに開けたることなれば、よくその身分を顧み、わが身分を重きものと思い、卑劣の所行あるべからす。
●現代語訳(齋藤孝訳:現代語訳学問のすすめより)
・一人の人間も、一つの国も、天の与えた道理に基づいて、もともと縛られず自由なもの。
・四民平等の基本もできたので、みな安心してただ天の道理にしたがい思う存分行動するがよい。
・人には、それぞれの社会的役割や才能というものがある。
・才能や人間性を身につけるには、物事の筋道を知る必要がある。
・物事の筋道を知るためには、文字を学ばなければならない。
・現在、学問が緊急に必要とされている。
・自分の社会的役割をきちんと認識し、その重さを考え卑しいことをしないようにすべきである。
パターツ流:行動のための学問(パラーツ×Gemini)
福沢諭吉が実学を重んじたのは、単なる知識の蓄積ではなく、現実に役立てるためです。
●知ると動くの間の「淀み」
・AI時代、情報を入手するだけでなく、情報を活用して「行動」に変えられる人は稀。
⇒AIの答えを聞くだけで満足せず、「自分の現場でどう使うか」に繋げることが大切。
●分限を守るための「知恵」の習得
・学問が足りないものは、自分と他人の権利が分からず自分を失う。
⇒AIを使いこなすことは、自分の自由を守る武器になる。
●一身独立して一国独立する
・行動のための学問が個人の自律を促す。
・個人の自律が、プロジェクトや社会の秩序を生む。
あとがき
base 行動のための継続的な学問が必要
現代の私たちは、ある程度の学識を持った上で行動していると思いますが、果たして、固定化してしまった昔の曖昧な知識だけで、より良い行動が出来るのでしょうか?
そこに気づき、自らの学びをはじめる人が、次の時代を牽引していくものと思います。
このことは、約2500年前のソクラテス・プラトンの時代から基本的には変わっていないことで、学びをやめるか、または学び続けて自ら進化して真理を追究するかどちらか? 特に、AI時代には、学び続けて自分を高めることは必須だと思っています。
〇ソクラテスとプラトン:「先達 ソクラテス・プラトン」
参考文献
参考図書 福沢諭吉:学問のすすめ 青空文庫 20120618
参考図書 福澤諭吉・斎藤孝:現代語訳学問のすすめ ちくま書房 2011.03.25
